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小説『二千年代の乗り越え方』略称"2000s"

NPО法人 わたしたちの生存ネット 編著

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独裁、独占、全体主義、全体破壊手段

  高層ビルが延々と続く。だが、遠くの山が遮られることはない。空の汚染は今日はないようだ。風が強いからだろう。山と山の間に少し海が見える。その向こうに太陽が沈んだ。西から東に向けて空色が紅色から薄紅色、水色、紺色へと変わる。ところどころに雲が流れる。二千〇〇年、密集と高層化が頂点に達していた。このように空を見渡せるのは、都会の中では高層ビルの屋上だけだった。P教授と私は超大国AのA1大学の屋上から会議室に向かった。これから教授会が開かれる。P教授は、諸国の憲法と政治制度の比較研究をする。私は、農作物の遺伝子操作の研究をする。私は四十近くで、P教授は私より二十歳ほど年上だった。だが、互いに友達だと思っていた。一週間に一回は飲み明かす。政治、経済、国際政治、軍縮から、一般市民の生活、人生まで、何から何まで語り合っていた。
  会議室に入ると、他の教授がP教授と顔を合わせないようにしているのが分かった。学長が全体に「残念だが、法学、政治学、国際政治学、歴史学、哲学、美学、文学の研究費と施設利用は半減となる。環境を保全し、資源を有効利用し、適正な人口を保ちつつ、市民の健康な生活を維持する研究に私たちは専念しなければならない」と言う。その後、学長はP教授をちらっと見て「私も残念なのだが…」と小声で言う。P教授は即座に応える。「自然を保全しつつ市民の生活を健康的なものにするためには、政府の政策の偏りを修正する必要がある…」
  P教授はもっと激しく言いたいのだが、この場では自制している。二千〇〇年、環境・資源はますます悪化・枯渇し、日常生活を含む経済活動が著しく制限されていた。世界の人口の指数関数的増加は止りつつあるが、それは、パンデミックと、大規模な飢饉や食糧難と、戦争と虐殺によっていた。そのような環境、資源、人口、経済、生活、パンデミック、飢饉や食糧難に対処するという名目で、ほとんどの国家、地域で政治的権力と経済的権力と軍、警察…などの公的武力が連携して、実質的な独裁と独占を敷いていた。自由権と民主制は形式だけのものとなっていた。それで自然が保全され市民の最低限度の生活が保障されていればまだよかった。だが、それらの独裁と独占は、政治的経済的権力者の利権に繋がるだけで、市民の最低限度の生活はおろか、自然の保全のためにも機能していなかった。自由権と民主制が形式だけのものとなった第一の原因は、選挙やレフェレンダムを管理する情報科学技術が権力者の都合のよいようにカスタマイズされていたからである。また、核兵器を始めとする全体破壊手段は、縮小や廃止どころか増強され、地下や海底だけでなく宇宙にも広がっていた。全体破壊手段の使用は、人口抑制どころではなく、人間を含む生物を絶滅させる恐れが十分にあった。全体破壊手段を保有する超大国の衝突は、たとえ大戦とならず、二国間の戦争で済むとしても、全体破壊手段の使用と絶滅を来す恐れが十分にあった。また、前述の戦争と虐殺が大戦に発展し、全体破壊手段が使用される恐れはいつでもあった。それらが危機として認識されたことは千年代末から何度かあった。その直後は全体破壊手段全廃の必要性が少しは叫ばれた。だが、全廃どころか縮小にも至らなかった。全体破壊手段を保持する権力者たちは「抑止論(Deterrence theory)」で全体破壊手段を正当化した。一般市民の一部はそれで納得した。抑止論は全体破壊手段を保持し管理する者が理性的であることを前提とする。だが、彼らの理性が揺らがない保証はない。また、抑止論は全体破壊手段が人間の意図通りに作動することを前提とする。だが、人間が予期できない故障、老化、事故による暴走、暴発はありえる。例えば、自然災害によるそれらはありえる。また、部外者の攻撃、侵入、操作による暴走、暴発はありえる。また、二千年前後には、全体破壊手段(当時は核兵器のみ)の全廃を目指す者を冷笑する余裕が人々にあった。今はそのような余裕はなく、諦めしかなかった。私たちは、諦めないだけでなかった。私たちには全体破壊手段を全廃し予防する見込があった。また、独裁制を倒し「民主的分立的制度」を確立する見込みが十分にあった。だから、全体破壊手段を全廃し予防する見込みは十分なものになっていた。

民主制、権力分立制、法の支配

  会議室は高層階にあり、窓もある。太陽が沈んだ後でも西の空が赤く澄んでいる。学長は「人間を含む生物の生存のためには、生存に直接かかわる研究に重点を置かなければならない」と言う。P教授は応える。「私たちの研究によって、諸国の政府の政策が、環境の保全と資源の有効利用と市民の生活のためにも成果をあげていないことは、実証されている。そこでは自由権と民主制が必要であり、学問の自由をもって政府と議論する必要がある」
  前述のような環境、資源、人口、経済、生活、パンデミック、飢饉や食糧難に対処することは、社会権を保障することでもある。人間の生活を含む生物の生存を保障することとも言える。諸国の政治的経済的権力はそのような生存を保障することを名目として、独裁と独占に走り、人間の自由を大幅に制限していた。それは全体の生存のために個人の自由を制限することでもある。生存の保障のために全体主義に走ることでもある。そのような生存が保障されていればまだよかった。P教授の言うとおり、諸国の独裁政権はそのような生存のためにも機能せず、生存も危うくなっていた。そのことを市民は日常生活で実感していた。さらに、そのことを諸国の研究者は科学的に実証していた。P教授はこの場だから学問の自由などの言葉を使わざるをえないのだが、学者や科学者も含む市民の言論の自由が必要なのである。言論の自由がなければ、政治的経済的権力の政策や経済計画は、批判されず、偏向し、自由どころか生存にも適さないものになる。つまり、自由のためには生存はどうなっても構わない、というのでは全くない。自由の確保はそれ自体が目的であると同時に、生存を確保するためにも自由を確保する必要がある。そのことは既に二千年より前に、例えばマルクス主義の失敗として明らかになったことである。マルクス主義の失敗の原因は以下のとおりである。言論の自由が擁護されず、民主制がなく選挙がなかったために、政策立案者が、批判されず、互いに競争せず、政策を切磋琢磨せず、適正な経済計画を立てられなかった。つまり、彼らが本領とする経済計画において彼らは失敗した。また、彼らは階級闘争を本領とするが、プロレタリアートの中にも階級闘争があることを見落とし、それを解決する方法を考えていなかった。そのために彼らは権力闘争に明け暮れ、経済計画に専念できなかった。過激な権力闘争を予防するためには、市民が政権担当者を選挙してあげる必要がある。何も民主制や選挙が完全というのではない。だが、選挙はむき出しの武力闘争よりましであり、犠牲者が少ない。また、民主制に世論操作はありえる。だが、世論操作は武力による弾圧よりましであり、犠牲者が少ない。そんなことをP教授と私はよく語り合っていた。
  さらに、市民は、民主制でもって国家権力を直接的に抑制するだけでなく、国家権力を分立させ相互に抑制させる必要がある。P教授と私が重点を置いたのはその権力分立制である。二千年代に入ってしばらくは民主化が進んだ。だが、独裁制が再興した。その原因の一つに市民が権力分立制を軽視したことがあった。市民が権力を分立し、分立した権力を相互抑制させることは、実に巧妙な手段である。法の支配の真髄は、市民よりむしろ、権力者を法に従わせることにある。市民については、一時的な熱狂や多数派の横暴さえも抑制することにある。

国家権力を自由権を擁護する法の支配系(L系)と社会権を保障する人の支配系(S系)に分立すること

  さらに、三権分立、地方分権、文官と武官の分立、警察と軍の分立だけではない。二千年を過ぎてしばらくして、世界の政治的経済的権力者が生存の保障という名目を掲げることによって独裁へと逆行した反省から、国家権力を「自由権を擁護する法の支配系(L系)」と「社会権を保障する人の支配系(S系)」に分立することが模索されていた。自由権は、市民が公権力に普段は介入させず、それが侵害されそうなときだけそれを擁護させる権利である。それに対して、社会権とは、それが保障されるために、公権力に経済、労使関係、医療福祉、生活、教育文化、人間と自然との関係、人口…などに、常時、積極的に介入させ、公権力を機能させる権利である。
  自由権を最も直接的に侵害しえるのは、軍、警察…などの公的武力である。公的武力を監督または掌握する文官は公的武力を乱用することによって、間接的に自由権を侵害しえる。それと同時に、自由権を直接的に擁護できるのも、暴力等を直接的に抑制できる公的武力である。また、公的武力を監督または掌握する文官は、公的武力に憲法と法律を遵守させることによって自由権を間接的に擁護することができる。警察は国内で横行する暴力を、犯罪容疑者の逮捕という形で抑制し、自由権を擁護することができる。軍は国外から侵入する暴力を、国防という形で抑制し、自由権を擁護することができる。また、立法権は立法によって、司法権は司法によって、自由権を擁護することができる。さしあたり、そのような自由権を擁護することができる公的武力を含む行政権と立法権と司法権を「自由権を擁護する法の支配系(L系)」と呼べる。ただし、L系が自由権を擁護するためには、厳密な民主制と三権分立制と法の支配が機能する必要がある。厳格なそれらをさしあたり「自由権を擁護するための政治制度」と呼べる。また、民主制と三権分立制と法の支配は、自由権だけでなく、民主制と三権分立制と法の支配そのものを維持し、独裁への逆行を予防する機能をもつ。ただし、L系が民主制と三権分立制と法の支配を維持し独裁への逆行を予防するためには、やはり厳密な民主制と三権分立制と法の支配が機能する必要がある。厳格なそれらを「自身を維持する政治制度」または「独裁への逆行を予防する政治制度」とも呼べる。そのような自由権を擁護し民主制と三権分立制と法の支配を維持する可能性をもち、厳密な民主制と三権分立制と法の支配が機能する必要がある系を、国家権力の「自由権を擁護する法の支配系」「自由権を擁護する系」「法の支配系」「L系」…などと呼べる。
  それに対して、経済を安定化させ、市民の健康な生活を維持し、環境を保全し、資源を保全しつつ有効利用し、適正な人口を維持し、人間を含む生物の生存を保障することは、社会権を保障することである。そのような社会権の保障のためには、行政権が積極的に機能する必要がある。この系においては、あまりに厳格な民主制、三権分立制、法の支配は、必要でないだけでなく弊害である。そのような社会権を保障する可能性をもち、人間的な民主制と緩やかな三権分立制と法の支配が機能する必要がある系を「社会権を保障する人の支配系」「社会権を保障する系」「人の支配系」「S系」…などと呼べる。
  それらの系を分立させることによって、私たちは厳格に抑制し相互抑制させるべき部分を徹底的に抑制し相互抑制させ、あまりに厳格に抑制するべきでない部分を効率的に機能させることができる。抑制と相互抑制の重点を明確にするこができる。市民にとっても、立法権にとっても、司法権にとっても、抑制の重点が明確になる。
  また、それらの系が分立しているとき、S系は独裁や全体主義に走るための武力をもたない。他方、L系は社会権の保障や生存の保障という名目を立てることができない。そのようにして、政治権力が独裁や全体主義に走るための名目と権力がともに消滅する。それらの系の分立は、政治的経済的権力者が、人間を含む生物の生存の保障を名目に自由権、民主制等を蹂躙し独裁や全体主義へと走ることに釘を刺す。それらの系の分立は生存と自由の両立を可能にする。
  また、自然の保全から経済の安定化から市民の最低限度の生活の保障に至る社会権の保障のための行政は多くが連動しており、それらの政策は総合的に練られなければならない。また、社会権の保障のための行政権を複雑に分岐させることは、行政の効率性を低下させ公的経費を増大させる。だから、社会権の保障のための行政権を一つの機構としてもよいぐらいである。それに対して、自由権の擁護のための行政、例えば、犯罪の抑止や国防と社会権の保障のための行政が連動する必要はなく、それらの政策が総合的に練られる必要はない。それどころか、それらの連動は、国益のための戦争などに繋がり、弊害である。そもそも、自由権の擁護などのためには三権は憲法と国際法を厳守していればよい。だから、それらが連動し、それらの政策が総合的に練られることはあってはならない。
  それらのことから、私たちは国家権力を自由権を擁護する法の支配系(L系)と社会権を保障する人の支配系(S系)に分立する必要がある。
  私たちは、自由権を擁護する厳格な法制と、社会権を保障する緩やかな法制と、民主制と、L系とS系への分立を含む権力分立制と、法の支配を「民主的分立的制度(Democratic and separative systems)」と呼んでいた。P教授は既にそれらを、集大成し、まとめ、一般市民にも分かりやすく整理していた。二千年前後の憲法と政治制度論は、一般市民に分かりづらかった。それをP教授はサマリーで分かりやすくした。その簡略化に私との語り合いが役に立った、とP教授は認めていた。その集大成とサマリーは既にネットワークで世界中に公開され、市民の間で静かに支持されていた。P教授は、自身が集大成しまとめネットワークで公開したもののほんの一部を言っただけである。

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