COPYRIGHT(C)2000 OUR-EXISTENCE.NET ALL RIGHTS RESERVED  引用するときは必ずリンクしてください


小説『二千年代の乗り越え方』略称"2000s"

NPО法人 わたしたちの生存ネット 編著

トップページ   目次   登場人物   前のページ   次のページ  

生きたい、それだけだった

  シェルターへ車で向かった。Xからは東側が、私からは西側が見える。シェルター付近は高層ビルが少なく、夕焼け空が広がっていた。見方によっては、壮大な光景なのだろうが、最初はそれらの光景が目に痛かった。だが、次第に目が慣れてきた。車の走行に伴い、夕焼け雲の遠近感が少しずつ変化する。そんな雲の遠近感に気づいたのは生まれて初めてだった。ときどき、高層ビルの間から沈みつつある太陽が見える。「生きたい」「また、あの太陽を見たい」それだけだった。Xが横に座っていることさえ忘れていた。
  だが、受動的に生きたいと思うのは、たまらなく悲しく虚しい。生きよう、生きる方法を考えようとした。私はXの手を握った。Xは生還する方法を考えているようだった。Xは「端末さえ操作できればなんとかなるわ」と言う。絶望の中でも生きる方法を考えるしかない。
  シェルターに着いた。まず、私の降下と半分の約五千人の上昇から始まる。その五千人の上昇が完了した後、Xの降下と残りの半分の約五千人の上昇が始まることになっていた。M将軍は、ともかく、早くXと私を分離したかったようだ。
  私は同僚Zらとシェルターの五階分の階段を降りて行った。階段を降りると、エレベーター前に、M将軍側のN大佐と、人質の先頭の数百人が既に待っていた。同僚がその先頭を地上に案内した。人質はさすがに嬉しそうにしていた。Zはエレベーター前で残る人質を待つことになる。私はN大佐とその部下二人とエレベーターに乗り込んだ。Zと私は目を合わせた。互いに何も言えなかった。何重にもなっているドアが完全に閉まった。それが地上と地の果ての境目のような感じがした。階層表示がマイナス五からマイナス二十二まで降りて行く。加速度はほとんど感じられない。中継点で乗り換えた。この中継点を含む層が衝撃と放射線をだいぶん吸収するらしい。液状のクッションがあって衝撃はほとんどなくなるらしい。それは逆についても言えるらしい。エレベーターを乗り換えた。エレベーターがマイナス二十二からマイナス六十二まで降りて行く。エレベーターが止まり何重にもなっているドアが開いた。その前でも人質らしき人々が待っていた。約一万人の輸送となればエレベーターとその管理係もたいへんだと思った。一万人を二人と交換できたら、M将軍にとってどれだけ楽なことか。
  エレベーター前のホールを通る。人質が列を作っていた。その人々は人質交換のことをまだ告げられていないようで、表情は虚ろだった。多くは中年以降の男で、中年以降の女もちらほらいた。多くが、既に殲滅された反政府グループの人々か、一匹狼の反政府主義者か、疑いをかけられただけの市民だろう。一部が科学者と推測された。気迫や知性は完全に失われていた。車椅子で行く人もストレッチャーで運ばれている人々もいた。苦しかっただろう。それらを押しているのも人質のようだった。点滴を受けている人々もいた。看護しているのも人質のようだった。疲れただろう。やがて大きな空間に出た。照明が凄く、しばらく眼が順応できなかった。眼が順応すると、見方によっては荘厳なホールなのだろうが、やはり異様だった。私にとっては十分な地の果てだった。その空間の中央のステージのような台に、M将軍が立っていた。逆光で顔だちや表情はほとんど見えなかった。
  私は言った。「何でも情報提供する。拷問は無用だ」と演劇のセリフのようになってしまった。M将軍は頷いた。「明日から研究の仕事をしてもらいます。今日はゆっくりお休みください。拷問などはしません」と一見穏やかだが、不気味な声が響いた。私は椅子を勧められて座った。M将軍は私を一瞥もしない。M将軍の目当てはX(♀)にあるように見えた。Xのためにこのステージをこしらえて、Xの到着を待ちあぐねているように見えた。情報操作が危急なようで、遺伝子操作は後でいいようだとも思えた。いや、やはり別の目当てがあるのか。私は端役で、しかも出番を間違えた馬鹿に過ぎない。そんな感じがして、たまらなく惨めになった。五千人の人質は地上に生還したとM将軍の部下が言う。その後しばらくして、女医と女性看護師二人、男性看護師一人が、迎えに来て、私は病室のような部屋に招かれた。
  おもむろに看護師三人が、私をベッドに押し倒し私の四肢を拘束しようとした。女医は私の静脈を確保しようとした。看護師の一人が私のみぞおちに軽く蹴りを入れた。すべて慣れた動きで、すぐに完結した。私は抵抗というよりもがきながら喚いた。「M将軍には何でも吐くと言ってある。M将軍に聞いてみろ。拷問はしないと言っていた」と。女医たちはしばらく黙って作業を続けた。だが、私の大声にあきれたのか、「そんなこと聞いていません。さっそく拷問の第一段階に入れ、という命令があるだけです」と女医は言う。看護師の一人がコンピューターの画面を確認し「その命令があるだけで、取り消されていません」と言う。女医は静脈を確保し、薬瓶のラベルを確認する。「筋弛緩薬、投与します。心筋と呼吸筋と眼筋と神経系は麻痺しませんから、安心してください。生命と感覚と思考と眼球運動による意思表示機能は、維持されます」と言いながら、三方活栓経由で薬剤を注入する。私は最後の力を振り絞って「もう一度M将軍に確認してくれ」と言っていた。すぐに声も出なくなった。女医と二人の看護師は部屋から出て行った。残された看護師一人が私の血圧、脈拍等を測っていた。すべてなされるがままだ。完全な身体拘束だ。もうこれだけで十分な拷問だ。また、女医たちが戻って来た。「M将軍は今頃、あなたのお連れ様と楽しんでいるでしょう」と女医はあっさり言う。女医はXにも同じことをして戻って来たんだな、と思った。女医は「悪夢を見る睡眠薬を注入します。もう悪夢対策は練ってあるんでしょう?」と言いながら、薬剤を注入する。数秒で海底に引きずり込まれるような感じになった。

  法廷のような厳粛な部屋の中で、例の少女のような顔をした白髪の老婆Iが裁判長のようになっている。老婆Iは私を見て「あなたのおかげで人間は絶滅せず、数兆人が数万年に渡って苦しむことになりました。この罪は死をもっても贖えません。永遠に苦しみなさい」と言う。私は「人間の苦痛も必ず減退させる」と言おうとしたが、声にならない。老婆Iがいつの間にか妻に変っていた。妻は「今日は…八つ裂きの刑」と言う。私は拘束を解こうとしたが解けない。これは夢だから解けるはずだ。だが、筋弛緩剤で拘束されている。すると夢でも解けないのか。いつのまにか妻の隣にXがいた。Xは「いやいや串刺しの刑がいいでしょう」と言う。数人の筋骨隆々とした男が私のほうに寄って来て、刑の準備をしている。いつのまにかその男たちが、私の子供たちに変わっていて、天使のような服を着てはしゃぎながら刑の準備をしている。

離反

  「何でも吐くと言っているだろう。M将軍に確認してくれ」それを言いながら私は覚醒したようだ。「何でも吐く」まだ言っている。N大佐が私の体を揺すっているのに気づいた。私は見回した。体が動く。後で聞いた話だが、N大佐は、女医に命令して、鎮静剤と筋弛緩薬に対する拮抗薬をうたせていた。N大佐の後には十数人の部下らしき兵士が付き従っていた。女医と三人の看護師には部下数人が銃を突き付けていた。N大佐は言った。「M将軍から離反し、新政府(暫定政権)側に付きます。M将軍の非道は見るに忍びない。私たちはそんな上官に従うことを拒否する。新政府に従います」と。私はなんとか「ありがとう」と答えることができた。思考能力が戻ってきた。
  形式的に旧政権に属していても、旧政権に従わず反政府グループまたは暫定政権または新政権に協力する武官を含む公務員を「旧政権離反者」として、罪を一切問わず、希望によっては従来以上の地位と待遇を保証する。そのようにグループGは宣言していた。その成果は既に至るところで出ていたが、ここでも出た。私はその成功感に浸っていた。だが同時に、Xがここには居ないことに気付いた。大佐は「既にここにいる部下も私と同じ考えです。他のシェルターにいる者も同じだと思います」言った。N大佐は女医と看護師に向かって「お前らは?」と尋ねた。女医と看護師は「大佐に従います」と頷く。女医と看護師らに突き付けられていた銃が降ろされた。
  私とN大佐に部下数人と女医が加わって緊急に協議した。女医は「M将軍の命令で、私たちがM将軍の個室に入ってXをベッド上に拘束しました。ルートも確保し、点滴を行い、鎮静剤も入れました。M将軍は鎮静を掛けたままXを弄ぶつもりだと思います。Xはまだ、鎮静がかかったままだと思います。M将軍は相当、油断をして、まだXを弄んでいると思います。長々とそうしていることが過去に何度もありました」と言う。女医はそういう性癖の持ち主だと思っているようだが、それは違うと思う。M将軍は周到な人間で人質さえも警戒しているのだろう。N大佐は「今しかない。M将軍の個室に突入し、Xを保護するとともにMを拘束しよう」と宣言した。N大佐は私に向かって「あなたは私たちの働きの証人になって下さい」と言う。私はそのときはまだ意識が完全に戻っているといえなかったが、なんとか理解して了解した。
  私は旧軍の機器を使用して地上の同僚Zと連絡を取り、以下を即決した。
  N大佐を始め、M将軍以外の者を「旧政権離反者」として正式に認め、希望があれば従来以上の地位と待遇を保証する。私から連絡があれば、Zらがシェルターに応援に駆けつける。M将軍を除く旧政権も新政権も同僚Xの保護に全力を尽くす。M将軍については逮捕を目指すが、Xの保護のためにやむをえない場合は射殺してもよい。と。
  M将軍を除くシェルター内の旧軍のスタッフ全員がN大佐と私に付いた。N大佐より上の階級の者もN大佐と私に従った。N大佐より上の階級の者はN大佐に従ったというより、私に従った。そのほうが彼らにとってはやりやすかったようだ。ここでしか私の存在意義はなかった。

生と記憶喪失と死と生…の繰り返し

  錠を爆破し、N大佐以下精鋭がM将軍の個室に突入した。私と女医も続いた。M将軍はベッドで眠っていたらしい。私が入室したときには、M将軍は覚醒しつつあり、N大佐らによってほぼ拘束されていた。それでもM将軍は枕もとの拳銃に手を伸ばそうとした。その手も含めて、M将軍は拘束された。N大佐は「お前から離反する。お前を逮捕する」とM将軍に言う。M将軍は「全員、俺の命令に従え」と周りを睨む。M将軍ががんじがらめに拘束されていく。「俺の命令に従え」M将軍の声が部屋の外の廊下にも響いているのが分かる。大佐の命令で女医がM将軍に鎮静剤を筋注した。M将軍の声が上ずっていく。
  そのベッドの下の床で、女性が手足を縛られたまま裸で横たわっていた。私はそれがXであることを確認した。ベッドからずり落ちたように見える。周囲の床には大量の血が溜まっていた。Xの静脈に繋がるチューブが三方活栓の部分で外れており、その外れた部分からまだ血がわずかに流れていた。それがなんとも哀れだった。医療機関で持続点滴を行う場合は特に、ベッドに柵を設けるなどして厳重に転落を防止する。また、持続点滴をする場合は特に、看護師が頻繁に見回る。「こんな所で持続点滴をするのは無茶だ」と言いかけたが、今さら何を言っても無駄だ。女医が死亡確認した。女医は続けて言う。「ベッドからずり落ちたときに、チューブが三方活栓の部分で外れ、その外れた部分からの失血が死因と考えられます。恐らく、M将軍はことが終わって、眠ってしまい、寝ながらXをずり落としたと考えられます。Xのチューブが外れていることにも気づかずに…」と。人を殺害する意図がなくても、身体拘束ではこういうことがありえる。それに十分に注意し、身体拘束をどんな形であれ最低限度に抑えることが必要だと思った。「Xの意識は一時的にせよ戻ったのだろうか?」と私は尋ねた。「恐らく鎮静剤が効いたままで、意識は戻らないまま…」と女医は答える。救いはXが苦しまなかったことだけか…これが夢から覚めた夢であれば…あの薬がまだ効いているのであれば…そんなことを思ったのは生まれて初めてだった。
  私は地上の同僚Zに、「M将軍逮捕、同僚Xは既に死亡」と連絡した。M将軍は手足胴体をがんじがらめに拘束されて床に横たえられている。鎮静剤が効いているのか効いている振りをしているのか分からなかった。数分でZらがやってきた。Xの遺体を含めて部屋中の写真が撮られた。
  Xは剖検されるだろう。Xの体からM将軍の精液が出てくるかもしれない。そう考えるときには、嫉妬があったかもしれない。もしかしてM将軍は、あの女スパイTや売春婦Kにも同じようなことを…鎮静を掛けた異性としか性欲を満たせないなど哀れじゃないか。人に愛してもらえずにひたすら権力を求めて…私は嫉妬の反動である優越感にさえ浸っていたのかもしれない。私はM将軍を見ないようにしM将軍のことを考えないようにしていたが、そんな嫉妬や優越感がよぎる自分に嫌悪を覚えたからだと思う。いや、待てよ。私はB国に留学中、同僚Vと一人の女性を巡って激しい争いをしたことがある。その頃は互いに、異性を巡っての闘争は、動物の自然な傾向であって、許されると思っていた。人間においてはときに美談とさえされる。古典でもときに美談になっている。今の私はそう思わないが、M将軍に言ってみようか。「俺の負けだ。だが、お前は卑怯だった」だが、言わなった。虚しいだけだ。「俺たちは、お前を暗殺しようと思えば、いつでもできた」「速く消え去ってくれ」…何を言っても虚しいだけだ。だから、言わなかった。実際、本気でM将軍を暗殺しようと思えばできたと思う。だが、それでは私と同僚の何人かが犠牲になっただろう。また、少なくともA国においてせっかくの準備段階が台無しになったかもしれない。俺は、お前と共に自己の悪循環に陥る傾向に直面しようとして、ここまで降りて来たんだ。Xはお前を愛し、お前に傾聴し寄り添おうとして、ここまで降りて来たんだ。そのXに対して、なんてことを…だが、お前は権力者としてはマシなほうだった。お前以外なら全体破壊手段を使用していたかもしれない。文官のほうがやっかいだったかもしれない。Xが犠牲になるだけで済まなかったかもしれない。M将軍、与しやすし。もしも、独裁者が自殺も辞さないような自暴自棄に陥るような人間だったら…「お前がいてよかった。ありがとう」とはもちろん言わなかった。それにしても、なんで俺たちがこんな目にあわなければならないんだ。余計なことをしやがって。それが正直な気持ちだった。同僚ZがXを剖検に送ると言う。私は彼女の身体と最後の対面をした。
  Zが軽い掛布団を持って来てXの下半身に掛けていた。私もせめてそうしたかった。Xの顔はわずかに笑っているように見えた。Xは以下のように言っているように見えた。「生きて、記憶喪失して死んで生まれて生きて…の繰り返しがあるだけ。記憶喪失はちょっと残念だけど。まあ、いいわ。あなたのことなんて忘れちゃおう。今度はもっといい男と結婚するね」そう言っているように見えた。このとき相手が「今度もあなたと会いたい」と言っていると思うのは、相当なナルシシストか恋愛未経験者である。愛する人が特別な存在であるのは愛し合っているときのそれも上昇期だけである。記憶喪失して生まれればなおさら、新たな人と新たに愛し合うことになる。Xがあのときに言った「なんと自然な」である。
  Zは敬礼をしていた。そうだ伝統的に敬意を払おう。今回の世界同時同日革命の最大の功労者としてXに敬意を払おうとした。だが、どんな敬意も足りないと思った。Xがいなくても世界的な革命の趨勢は変わらず、いずれはそうなった。だが、Xが構築したネットワークがなければ、一日で完結するものでなかった。それは確実に言える。数日はかかっただろう。そもそも、Xが構築したネットワークがなければ、世界的な革命は数か月遅れていただろう。というとXの功績はその程度か。と思われるかもしれない。だが、数か月の遅れが人間を含む生物の絶滅をもたらしたかもしれない。いや、数日の遅れも…M将軍は核兵器の搭載を命令しかけていた。それをしないよう、O参謀らがなんとか説得した。それほど絶滅の危機は切迫していた。
  また、Xはまだ若く、これからの人だった。Xなら、すごい平和利用の機器やシステムを作れただろう。Xもそんな平和利用のものを作りたかっただろう。それをXができなくなったことが悔しい。人工衛星を乗っ取ったり、顔認証システムを作るようなことは、したくなかっただろう。それをXがせざるをえなかったことが悔しい。Zも不似合な敬礼をするしかなかったのだろう。Zにしても敬礼などという化石のようなものをするのは、生れて初めてで、今後もすることはないだろう。それにしても、Xのこの結末は儚く哀れでたまらなかった。点滴のチューブがはずれて失血死なんて…今後、Xのことを語るとしても、この場面だけは伏せる。

何重もの巡り合わせ

  私はN大佐と地上に向かうことになった。エレベーターは中継点で混雑していたので、そこから地上まで歩こうということになった。二人で長い階段を昇った。N大佐は言った。「Xを助け出せなかったことは残念だと思います。私も部下を助け出せないことが何度かありました。自分や他の部下を助けるためには、部下を見捨てざるをえなかった。命の選択のような場面が何度かありました」と。私も自分や家族や同僚のために、父やP教授や同僚Xを犠牲にした。一対一万の命の交換であっても、それを正当化するものは何もない。私たちにできることは「命の選択」や「命の交換」をしなければならないような状況を、作らない作らせないことだけだ。そうN大佐と話し合った。
  「お伝えしておかなければならないことがあります」N大佐は言った。「あなたの父上が拉致され拷問されたとき、それらを命令したのはM将軍で、M将軍の殺すな自殺させるなという命令に逆らって、本当に死ねる薬を投与したのは私です。お父様の苦しむ姿に耐えかねて…」と。私は思わず泣いた。長い階段を昇りながら泣くというのは、たまらなく惨めだった。N大佐が私を支えて登ってくれた。私は「ありがとう」としか言えなかった。何に感謝しているのか分からなかった。父の苦しみを軽減してくれたことと、惨めな私を支えてくれたことの両方に対してだったと思う。私は父の苦しみに一生苦しむと思う。N大佐も泣いていた。N大佐にも私の父に相当するような存在があったと言う。祖父母で、拷問を命令したのは前の独裁者で、死ねる薬剤を投与したのは、当時は大佐のM将軍だったと言う。なんという巡り合わせだろうか。私とN大佐のそれぞれの家族関係や拷問を命じる者や命じられた部下だけでなく、N大佐がしたのと同様のことをかつてM将軍がしていたこと、私がN大佐に助けられたこと、そのM将軍をN大佐が襲撃し拘束したこと、そして今、私とN大佐が一緒に長い階段を昇りながら、それらを語っていることも含めて、何重もの巡り合わせだ。さらに、N大佐は語る。N大佐は前の独裁者を倒すために軍に入った。前の独裁者を倒すクーデターを主導したのは、当時大佐だったM将軍と、入隊したばかりのN大佐だった。その後、M将軍はすぐに実質的な独裁者となった。N大佐は疎んじられ、遠い小国の内戦に介入させられた。文字通り泥沼の戦いで、多くの部下が撃たれて泥沼に沈んだ。何人かは生きたまま泥沼に引きずり込まれたと言う。私はあの泥んこ遊びが恥ずかしくなった。N大佐がA国に帰って来ると、当時まだあった反政府グループの殲滅をやらされた。反政府主義者の拉致や拷問もやらされた。N大佐は、A国に帰った頃から、M将軍を倒す機会を探っていた。だが、M将軍は周到な人間で、シェルターに降りるまで好機はなかった。シェルターに降りてから「Xには悪いが…」N大佐は「こんなに時間がかかってしまった」としか言えなかった。
  地上が近づいてきた。私とN大佐は、社交辞令ではなく、実際の再会を誓った。南洋の島国Eでと。N大佐はだいぶん先になるが妻子と行くと言う。来月、第一子が産まれるはずだと言う。「そうこなくっちゃ。早く帰ってやりなよ。男も産休をとって。休暇と昇級は暫定政権が保証してくれるよ」と私はN大佐の肩を叩いた。
  あの女医と看護師が追いかけて来た。女医は「Xの体からこんなタトゥーが見つかりました。相当、前に彫られたものです。この度の事件とは無関係です」と言い私に写真を渡した。左肩に小さく"EXISTENCE AND LIBERTY(生存と自由)"と刻まれていた。「ありがとう」と私は女医に伝え、ポケットにしまった。私たちの目的を要約すればこうなる。生存と自由の両立だ。私はそのタトゥーに気づかなかった。M将軍は見たのだろうか。見たとしたらどう思っただろうか。何も思わなかっただろう。階段を昇るのに女医と看護師が加わった。私は女医に「ベッド策を設けるか、点滴のチューブは長くしてね」と軽く言った。女医は、自分もそうしたかったのだが、シェルター内の資源節約を迫るM将軍が許さなかった、と言う。看護師は…私は軽い逆行性健忘であの軽い蹴りのことをほぼ忘れていたのだが、謝っていた。筋弛緩薬と鎮静剤がほんの少し残る程度で、私の体はなんともなかった。

次のページ
引用するときは必ずリンクしてください  COPYRIGHT(C)2000 OUR-EXISTENCE.NET ALL RIGHTS RESERVED