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小説『二千年代の乗り越え方』略称"2000s"

NPО法人 わたしたちの生存ネット 編著

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いかなるもののためにも制限されてはならない自由権

  さて、例のシソ科植物EPの野菜としての売り上げは伸びていた。まず、スラム街で普及し、周辺の高級住宅地に波及した。また、もはや漁もできなくなったように見える海まで自転車で行って、新鮮な魚を釣りや仕掛けで獲ってくる人々もいた。また、鶏やはたまた豚を育てる人々もいた。そんなこともあって、スラム街の飲食生活はけっこう自然で豊かなものになった。気のせいかもしれないが、人々が健康的になった。売春婦や水商売女には肉感が出てきた。それを喜ぶ者も嘆く者もいた。高級住宅街からわざわざ主婦が来て、食材を買って行くことがあった。政府の下級中級公務員が帰りにスラム街に寄って、飲み食いして帰ることもあった。軍高官や上級官僚が売春婦や水商売女を連れ出し、彼女らだけが朝になってタクシーで帰還することもあった。
  彼らに連れ出されるまでもなく、夜になると外の高級繁華街まで行って、水商売や売春をし、朝方になって帰ってきて酒を飲む女が、もとから多々いた。潜伏者にもカネはなく、私は朝になって帰って来る彼女らの愚痴を聞くだけだった。彼女らの多くはシングルマザーだ。朝になってスラム街に帰ってきて、店で飲んで、日が昇った後に家に帰って、子供を起こし朝食を食べさせ、保育所に送って行って、帰って眠って、夕方に子供を保育所に迎えに行って、子どもに夕食を食べさせ、寝かせてから外の繁華街に向かう。
  さらに売春婦や水商売女が、政府や軍の高官のスキャンダルを誘発することが多々あった。特にM将軍のスキャンダルには目に余るものがあった。売春そのものが違法でありスキャンダルでもあるのだが、それ以上のスキャンダルがあった。金払いはよいが、身体を拘束して好き勝手なことをやる。それはいわゆるSMのレベルを越えている、と売春婦らは言う。そんな中に売春婦Kがいた。Kもシングルマザーである。Kは特にM将軍のお気に入りだった。ある日、Kは子供を置いたまま、朝になっても夜になっても帰って来なくなった。Kは子供をほったらかしにするような人間ではない。その子供が路上で母を待っている姿が忘れられない。
  少なくとも私と同僚XとZは、M将軍のスキャンダルを暴露することを考えた。
  自由権は本来、公的武力を含む公的権力からの自由であって、私的権力からの自由ではない。言論の自由は本来、公的権力の保持者の不正を暴露し批判するためにあり、一般市民を誹謗中傷したり一般市民の私生活を暴露するためにあるのではない。一般市民を誹謗中傷したり、一般市民の私生活を暴露することは、完全な自由ではなく、一定の条件のもとに制限されえる自由権である。それに対して、公的権力の保持者を含む公的権力に係る言論は完全な自由である必要があり、いかなるもののためにも制限されてはならない自由権である。
  では、公的権力の保持者の私生活の暴露や批判についてはどうだろうか。そのような私生活は公権力に係わりがないように見える。だが、もしそれらの暴露や批判が制限されるなら、公的権力の保持者が私生活を守るという名目で、公権力に係る言論まで制限する恐れがある。だから、そのような私生活の暴露と批判も完全な自由である必要がある。
  また、公的権力に係る偽情報の発信についてはどうだろうか。ここでも、偽情報のそれが制限されるなら、普通の情報のそれが制限される恐れがある。だから、公的権力に係る言論については、偽情報の発信も完全な自由である必要がある。
  結局、公的権力に係る言論は、公権力の保持者の私生活の暴露や批判や偽情報の発信も含めて、完全な自由である必要があり、いかなるもののためにも制限されてはならない自由権である。
  だからと言って、権力者のスキャンダルの暴露や偽情報の発信を勧めているのでは全くない。それらをしたい者や見て聞きたい者がそうすればよく、したくない者はしなければよいだけのことである。それも自由である。市民も他人のスキャンダルを喜んでいるほど暇ではない。また、普通の情報と偽情報の見分けがつかないほど馬鹿ではない。
  拉致、誘拐、強姦、殺人等は、スキャンダルどころか犯罪である。それを捜査し告訴するのは検察、警察である。だが、今の警察や検察に権力者の捜査や告訴を求めても無駄である。また、M将軍の実態を知らずに、M将軍を崇敬する部下や市民がいるかもしれない。そこで、売春婦Kの失踪の背後にあるものは後回しにして、とりあえず明白なKが誘発したM将軍のスキャンダルを暴露してやろうと思った。だが、実際にはその時間がなかった。私と同僚Xは超大国Bへ赴かなければならなかった。同僚ZとYを含む他のスタッフは、迫りくる危機に集中しなければならなかった。

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